ふだん私たちが口にしている「きのこ」。その裏側で、人知れずじっくりと育ち、収穫されるまでにはたくさんの手と想いが込められています。
その“育てる”という仕事に、今、多くの障がいを持つ方々が関わっています。
本記事では、きのこ栽培を通じた障がい者の就労訓練に焦点を当て、その日常や意味、そして見えてくる未来の可能性を紹介します。
きのこ栽培は、決して派手な作業ではありません。しかし、その地道さ、繰り返しの作業、環境管理の重要さなどが、障がいのある方にとって良いリズムを生む訓練になります。
種菌の植え付けから、水分調整、温度管理、収穫、パック詰めまで、工程が分かれており、習熟度に応じた作業が可能です。
湿度、におい、きのこの形状や色の変化を観察しながら作業することで、「生き物を育てている」実感が得られます。
「今日は3袋収穫できた」「初めて1人で袋詰めができた」といった小さな達成が、自信につながります。
作業所の一角にある栽培室。そこで育てられているのは、しいたけやエリンギ、ぶなしめじといった食卓でもおなじみのきのこたち。温度や湿度が管理された空間で、毎日少しずつ成長していきます。
利用者たちは、朝出勤するとまずきのこに挨拶をします。「今日も元気かな」「ちょっと乾いてるかも」。そんな声をかけながら、きのこの状態をチェック。
育成スケジュールに合わせて水やり、菌床の移動、収穫、袋詰めなどの作業を、チームで分担してこなしていきます。誰かがうまくできなかったら、そっと手を貸す姿も珍しくありません。
この空間では、「きのこ」と「人」が、同じテンポで成長しています。
就労訓練の目的は、一般就労へのステップアップや生活スキルの向上にありますが、それ以上に大切なのが「働くことの喜び」に気づくこと。
きのこを育て、形を選別し、パッキングして出荷する。それが地域のスーパーや直売所に並ぶ。実際に買ってくれる人がいて、「ありがとう」と言われる。
その一連の流れを体験できるのは、何よりの励みになります。
ある利用者がこう言っていました。
「この前、自分が詰めたパックをおばあちゃんが買ってくれたって聞いて、嬉しくて…」
そうした気づきが、「自分の仕事には意味がある」と感じさせてくれるのです。
もちろん、すべてが順調に進むわけではありません。途中で体調を崩す人、手順を忘れてしまう人、不安から手が止まってしまう人もいます。
だからこそ、支援スタッフは「できる」よりも「続けられる」ことを大切にしています。
無理のない作業量の調整
感情の変化に気づける声かけ
失敗しても責めない風土
「ありがとう」と伝える習慣
このような環境があるからこそ、利用者はのびのびと、自分のペースで作業に取り組めるのです。
きのこは、見た目ではわかりにくいけれど、菌床の中でじっくりと力を蓄えてから顔を出します。その様子は、利用者の成長とも重なります。
初めは作業に慣れず戸惑っていた人が、数か月後には後輩をサポートする立場に。小さなことにも責任を感じ、誇りを持って働く姿へと変わっていくのです。
焦らず、比べず、見守る——。それがこの就労訓練で大切にされている価値観です。
栽培されたきのこは、地元の販売所に卸されることが多く、地域の人々に直接届きます。買ってくれるお客さんの「美味しかったよ」の声は、利用者にとって大きなモチベーション。
また、地域の小学校や福祉イベントで栽培体験や販売を行うこともあり、障がいのある人と地域の交流の場にもなっています。
“知ってもらうこと”が、誤解を減らし、支え合う社会の第一歩になります。
きのこ栽培という自然と向き合う作業の中で、利用者はたくさんのことを学び、そして社会に何かを返しています。
細やかな観察力
同じ作業を続ける集中力
丁寧でまじめな仕事ぶり
これらは、就労の場だけでなく、社会全体にとっても大きな価値です。
「障がいがあるからできない」ではなく、「障がいがあるからこそできることがある」。この現場は、それを実感できる場所なのです。
就労訓練としてのきのこ栽培は、単なる「作業」ではありません。日々の繰り返しの中に、小さな成長と気づきがあり、その積み重ねが未来を変えていく力になります。
きのこが菌床から顔を出すように、人もまた、自分らしいペースで一歩ずつ前に進んでいきます。
ゆっくりでもいい。確実に、まっすぐに。
ここには、そんな「希望の芽」があふれています。
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