静かで湿潤な空間の中、じっくりと時間をかけて育つしいたけ。
この一見地味とも思えるきのこが、いま、就労支援の現場で注目されています。
自然と人との関わりの中で育まれる「しいたけ栽培」は、障がいのある方々が無理なく取り組める作業として、多くの就労継続支援B型事業所やA型事業所で導入され始めています。
今回は、しいたけ栽培がもたらす心と社会のつながり、そして就労支援の新しい可能性について掘り下げてご紹介します。
しいたけ栽培には、一定の手順と繰り返しの作業があります。菌床を水に浸したり、湿度や温度を管理したり、芽を観察して収穫のタイミングを見極めたり…。
この一連の作業には、自然と向き合い、自分のペースで集中できる要素が多く、ストレスが少ないのが特徴です。
一つ一つの作業が複雑ではなく、体力的な負担も少ないため、精神障がいや発達障がいのある方でも取り組みやすいといわれています。
種をまいてすぐに成果が出るわけではない。だからこそ、数日から数週間かけて、芽が出て、育って、収穫できるようになるというプロセスには、大きなやりがいがあります。
「昨日より大きくなってる!」
「きれいに育った!」
そんな実感が、自己肯定感につながるのです。
全国各地の支援現場では、さまざまな形でしいたけ栽培が取り入れられています。
ビニールハウスを使っての通年栽培
室内での菌床しいたけ栽培(LEDや加湿器を利用)
出荷用として市場に卸すスタイル
地元の直売所やイベントでの販売
加工品(乾燥しいたけ、パウダーなど)として商品化
しいたけは、少ないスペースでも効率的に育てられ、設備投資も比較的少なくて済むため、就労支援事業所としても導入しやすいというメリットがあります。
栽培には「毎日」「定期的」に見てあげる必要があります。この定期的な作業が、生活のリズムを整える手助けになります。
例えば、「毎朝8時に菌床をチェック」「午後に収穫と水やり」など、時間を意識した行動が自然に身についていきます。
農作業といっても重労働ではなく、短時間からのスタートが可能です。午前中だけの参加、見学からのスタート、週に2回だけ…といった柔軟な参加形態が可能なのも、しいたけ栽培の魅力のひとつです。
収穫したしいたけが、地元のスーパーやイベントで「商品」として並ぶ光景は、利用者にとってかけがえのない成功体験です。自分の育てたものが誰かに買われ、喜ばれるという経験は、次のステップ(A型就労や一般就労)への大きな励みになります。
しいたけ栽培を通して、支援する側にも多くの気づきがあります。
育成や収穫の様子を観察していると、言葉では説明しづらい「成長」や「変化」が見えてきます。以前より作業時間が長くなった、道具を丁寧に扱うようになった…など、数字には見えにくい変化が、支援のヒントになります。
しいたけ栽培は一人では完結しません。水やりをする人、管理表を書く人、収穫する人…。自然と役割分担が生まれ、コミュニケーションや協力が必要になります。それはまるで「小さな職場体験」のようでもあり、就労への準備にもつながります。
もちろん、全てがうまくいくわけではありません。
湿度管理をミスして発育しなかった
虫がついてしまった
収穫が遅れて傷んでしまった
そんな失敗も、振り返りと学びのチャンスになります。スタッフと一緒に「なぜ失敗したか」を考えることは、仕事に必要な「問題解決力」を自然に養う機会になります。
そして何より、「失敗しても怒られない」「もう一度チャレンジできる」環境が、安心して取り組める支援の土台になります。
しいたけ栽培は、作って終わりではありません。
地元の飲食店が購入してメニューに活用
学校給食や地域の福祉イベントで提供
加工してギフトセットに
こうした取り組みは、利用者に「自分たちの作ったものが、誰かの役に立っている」という実感を与えます。これは“就労”という言葉以上の価値を持つ体験です。
しいたけ栽培は、まさに「農業」と「福祉」の交差点です。
障がいのある方々が農業分野で働く「農福連携」という考え方は、いま全国で注目されています。
自然の中で働くことは、身体や心にも良い影響を与えやすく、また、農業側にも人手不足の解消などのメリットがあります。
小規模ながらも、しいたけ栽培は農福連携の入り口として非常に取り組みやすいモデルです。
しいたけは、静かに、けれど確実に育ちます。
そして、それを育てる人たちもまた、静かに、着実に力をつけていきます。
技術だけではなく、「働く喜び」や「誰かの役に立てた実感」、そして「社会とつながる力」…。
しいたけ栽培は、ただの作業ではなく、人を育てる「土壌」なのかもしれません。
これからも、全国各地でこうした取り組みが広がり、障がいのある方々の「自分らしい働き方」の選択肢が増えることを願ってやみません。
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